History
01.エノク
「バンドするべ」 初めにエノクにそやって声をかけられたのは2003年だったかな。
このエノクってのが面白い奴でさ、幼なじみなんだけどハワイ生まれのハワイ育ちで、たまに日本に来た時にはずーっと遊んでたな。昔から奇声をあげる変な奴で、スポーツができるオタクって感じだったね。
内股でさ、自分の足につまずいて転ぶんだよ。最高だったね。そういえばエノクのばあちゃんが恐くてね。一緒に悪さをしてはよく怒られてたよ。
それから本当に何年も会ってなかったんだけど、エノクのじいちゃんの葬式がきっかけで再会してさ、それからしばらくして完全に日本に移住したんだ よ。久しぶりに会ったエノクは以前に増して変な奴だったね。自分がADDだかっていう病気なんだと自慢げに話していてね、「この病気は天才がかかる病気 で、エジソンとかもADDだったんだぞ」と熱弁してたよ。まぁ自分とエジソンを重ね合わせてしまうところがやっぱり病気なんだろうけど、確かにたまにこい つ天才なのでは?と思わせることはあったね。
エノクの家で連日連夜ゲームしてた時期があってさ、夜寝るときにエノクのベッドに座って壁にもたれたわけ。で、立ち上がろうとして起き上がったん だけど壁から背中が離れなくなっちゃって。なんでかって、エノクはいつもガム噛んでるんだけど、寝るときにいつも壁にガムくっつけて寝るんだよ。だから ベッドの横の壁にはエノクの噛んだガムがびっしりついてたわけ。普通に考えたらありえないんだけどエノクには普通のことなんだよね。まぁぶっ飛んでる奴な んだよ。熱いハートを持っててね、感動しいで本当にいい性格なんだよ。バカなんだけど頭はものすごく良くてね。本当に不思議。こういう奴にはもう一生出会 えないと思うから、本当によかったよ。エノクを一言で表現するなら、「奇跡」だね。
で、そんなエノクからバンドの誘いを受けたわけ。オレは中学校の時からメジャーデビュー目指してやってるバンドがあった から、まぁ一回や二回ライブするくらいならいいかなと思って「いいよ」って軽く返事をしたんだけど、このときはエノクが本気でオレとバンドをずっとやりた いと思ってるとは分からなかったよ。こいつマジだと分かってからはあんまりバンドの話をしなくなったんだけど、まさかエノクがミチヤにも声をかけてるとは 思わなかったな。
02.ミチヤ
ミチヤって言えば、手広く音楽活動してる奴で、いわゆるドラム馬鹿だよ。ドラムがメチャクチャうまくてさ、よく絡む機会は あったんだけど、お互い別々の活動があったからね。ミチヤとセッションしてると最高に気持ち良くてさ、自分が普段よりうまくなった気になるんだよね。オレ はずっと歌もの畑で育ってきたけど、ミチヤはジャズとかファンクとかインスト畑の育ちって感じだったからすごく新鮮で楽しかったな。
奴と初めて会ったのはオレが中3の時だったかな。一つしか年が変わらないはずなのに随分大人びてしっかりしていた。いや、やっぱりチャラチャラし てたわ。温厚な性格で、キレることなんてまずないんだけど、今までの人生で奴が三回だけキレたことがあるんだよ。一回は奴が中学のときに、「体脂肪計が欲 しい!何で買ってくれないんだぁー!!」といって母親にキレたらしい。あぶないでしょ?まぁ、あとの二回はエノクなんだけどね。
ミチヤは争いごとを好まないから、一緒にいると安心する半面、オレみたいな奴が一緒にいると悪者に見られるのは大体いつ もオレなんだよね。「ミチヤいい奴、オレ嫌な奴」みたいなね。まぁ確かにそうかもしれないけどさ。とにかく優しくて場の雰囲気を明るくする奴でね、昔から みんなに好かれる人気者だったな。しっかりしてるように見えて、しょーもない一面もある。そのギャップがいいのかな。オレが女の子だったら好きなタイプか も。お互いにリスペクトし合えるプレイヤーだったから、一緒にバンドをやるなんて発想はなかったけど、もし一緒にやったらすごい事になるとは思ってたよ。
03.解散
エノクは会うたびにバンドやろうってしつこくてさ、よくよく聞いたらミチヤにも声かけたって言うから、エノクは本当にバカ なんだなって思ったよ。ミチヤが一緒にやるって言う訳わけないじゃん。エノクはギター弾いてたけど、弾き始めたばっかで下手くそだしさ、そもそもバンドっ て難しいんだよ。だからオレもこれは断る良いチャンスと思って「ミチヤがやるって言ったらやってあげる」って答えたよ。これが上手な断り方でしょ。ミチヤ に責任をバトンタッチってね。そしたらさ、エノクが「ミチヤはやるって言ってるよ」って言い出すんだよ。いやビックリしたね。これでバカは二人だったって ことが分かったんだけど、オレも「ミチヤがやるって言ったらやる」って口に出してしまった手前、もう断れなくてさ。オレも男ですよ。じゃあやってやろう じゃねーかって話になったんだけどさ、デビュー目指して中学校からやってるバンドがあるでしょ。このバンドはオレの人生の全てだったわけ。でもってオレは 二つのバンドを両立できるほど器用じゃないし、だからエノクとの話はそれからしばらくお流れだったね。
でもね、困ったことになったんだよ。バンドがね、色んな事情が絡んで解散するしかなくなったの。その直前まで東京進出しようぜって話してたバンド がさ、自然と解散しちゃったんだよ。札幌じゃさ、バンドやってる奴だったら知らないやつがいないくらい有名でさ、このままいけば近いうちにインディーズで もデビューじゃないかなんて思ってる関係者も少なくなかったと思うよ。ラジオからもバンドの曲が流れてたし、函館からだってファンがライブに来るんだよ。 そんなバンドが解散だよ。
オレはキリスト教会の牧師の息子でさ、エノクもミチヤも牧師の息子なんだ。それで昔からつながりがあったんだけど。解散 したときは神様にバンド取られたんだと思ったわけ。なんせ中学校入ってから好き勝手やってさ、人様に迷惑ばっかりかけてきたの。高校入ってからも最悪で ね。不良じゃないけど荒んでたわけ。オヤジが牧師だから反発もあるのかな。で、好き勝手やってきたから神様怒ってオレの一番大切なもの取り上げちゃったん だと思ったわけ。泣いたね。一日中泣いた。だって人生かけてたんだから。その時にオレの小さな人生は一回終わったんだよね。
04.結成
バンドの解散ライブにね、来てくれたよエノクとミチヤが。ニコニコしてさ。嬉しいようなチョット悔しいような。そんな微妙 な気持ちだったね。二人とも「最高のステージだった」って言ってくれたよ。オレが人生かけてやってきたバンドだからね。今でもオレはあの時のバンドメン バーと一緒にバンドができて本当に良かったと思ってるよ。音楽の楽しさや難しさ、バンドで音楽を作る達成感や挫折。青春時代をともに過ごしてきたからこそ 乗り越えることができた色んな壁。その全てがオレにとって最高の時間だった。あのバンドがなければ今のオレはなかったな。確実に。
そんな大好きなバンドが解散したんだからね。神様を恨んだよ。オレを悲しみのどん底まで突き落としたのは神様だと思って いた。でもそうじゃなかった。逆だったよ。オレが神様を悲しみのどん底に突き落としていたんだ。思えば神様はオレがどんだけ荒んだ生活をしていてもオレの ことをいつも見ていてくれた。オヤジの顔に泥塗って、クリスチャンのイメージを下げる運動を展開していたオレを神様は見捨てなかった。オレは本当に謝った よ神様に。そして感謝したんだ。こんなオレを見捨てないでくれてありがとう。バンドは無くなったけど、神様はオレとずっといてくれるよねって。そしたら ね、神様はオレに新しい人生をスタートさせてくれた。神様はオレからバンドを取り上げたんじゃなくてむしろ与えてくれていたんだ。それがナイトdeライト だったんだと分かった。オレはバンド解散の未練からじゃなくて、真剣にエノクとミチヤと一緒にやっていきたい、いや、やっていこうと心に決めた。その日か らオレは自分のために音楽をするのをやめたんだ。失望は気づけば希望に変わっていた。それから三人でひたすら遊んだよ。スタジオには入らなかった。
05.壁
三人でバンドをやることになったのはいいけど、一つ大きな問題があってさ、最初からかなり深刻な問題だよ。ギターはエノク、ドラムはミチヤ、ベースはオ レ。それはそれでいいとして、ヴォーカルがいないんだよ。ヴォーカルがいなきゃ話になんないでしょ。オレはインストやる気はなかったし、第一ギターを始め たばっかのエノクにインストなんてできないでしょ。どうするよって話になったんだよ。色々可能性のある人をみんなで考えてみたけど、思い浮かばなかった。 まぁオレには最初からヴォーカルだったらこいつしかいないって奴がいたんだけどね。でもあえて自分からは動かなかった。だからしばらくはオレとエノクで 歌ったよ。オレとエノクでアコギ弾いてさ、ミチヤはパーカッションだよ。アコースティックでやってみた。何回かライブもしたかな。歌うのは好きだから楽し かったけど、なんというかねぇ、やっぱりバンドサウンドには勝てないんだよ。正直な話、早くミチヤのドラムでベースが弾きたかったな。曲も次第に増えてき てね、アコースティックにオレらの技術的な限界を感じてきたんだ。この曲はバンドで表現したいってね。でもヴォーカルはいない。オレの中ではいたんだけど さ。でもそいつには連絡しなかった。しなかったというかするもんかって感じだったな。なんでって、そいつがオレの人生かけてたバンドを解散させた原因の一 つだったからさ。
06.平野
平野とは小学校からの付き合いだったよ。遊んだことはなかったけどね。中学校で友達とバンドやるかって話になって、メン バーを探したの。ギタリストをね。風の噂で平野がちょっとギター弾けるって聞いたんだ。だから平野に声をかけた。平野はさ、オレらの友達グループとは違っ たんだよね。中途半端な不良でさ、悪い奴がカッコイイみたいな感じだったよ。オレらはさ、面白い奴がカッコイイと思ってたからね。まぁ周りから言わせれば どっちもやってることは変わらないんだけど、考え方が違ったわけ。そんな平野に声をかけた。平野は即OKだよ。それでさっそく練習したんだけど、結局一度 も全員メンバーが集まらないままそのバンドは終わった。
それからしばらくしてね、友達みんなでカラオケに行ったんだよ。なぜか平野も誘おうってなった。でね、平野の歌声を聴いてビックリしたね。うまい のなんのって。いい声なんだよ。今まで聞いたことない声だった。そのとき直感的にこの声だ!ってなったんだよね。それから平野とバンドを組んだ。オリジナ ル曲いっぱい書いてさ、ライブしまくったよ。そう、オレが人生かけてやってたバンドってのはこのバンドだったんだ。そしてそのバンドで歌ってたのが平野。
解散の原因はね、もちろん色んな要素があったんだけど、平野が原因でもあるんだ。そもそもがだらしない奴でさ。新曲でき てもメロディーも歌詞も全然覚えないから、ライブの当日に楽屋で覚えたりしてるんだよ。そんなやっつけな歌が聞いてくれてる人の心に届く訳ないじゃん。ギ ターヴォーカルだったんだけどコードも覚えなくてね。分らないなら時間があるときに教えてもらいに来いって言ってるのに動かないから、スタジオでみんな集 まってるのにコードを確認したりしてる。リハ当日になって交通費がないから行けないなんて言いだすこともあったし、本当にだらしなかったよ。最初は我慢し てたけどもう限界でね。注意してよくなるどころか悪くなる一方だったんだ。何年も我慢したけどもう無理だった。でもね、平野を辞めさせて違うヴォーカルに 歌わせることはありえなかった。オレの中ではヴォーカルは平野だけだったから。
07.窮地
そんな奴だったからね、解散後は連絡も取らなかったし何をしてるのかも分からなかった。ただずっと気にはしてたよ。平野 の歌声を初めて聞いたときの直感は否定できなかった。だからナイトdeライトのヴォーカルも平野しかいないとは思ってた。でもね、オレからは連絡を取らな かった。信用できなかったし、まぁ恨みは全くなかったけどオレから連絡するのは違うと思ってた。だから神様に祈ったよ。もし、ナイトdeライトのヴォーカ ルが平野なんだったら、あいつからオレに連絡してくるようにしてくださいって。平野はね、オレに対して罪悪感を持ってたんだ。あいつは悪かったからね、オ レがバンドに誘って守ってやらなかったら今頃チンピラかAV男優にでもなってたんじゃないかな。それかゴタゴタに巻き込まれて死んでたか。そんぐらい しょーもなかったよ。だからある意味あいつはオレに頭上がらなかったんだ。それにあいつは自分自身がバンド解散の原因の一つだということも感じていたか ら、なおさら解散後オレに連絡することなんてできなかったんだ。どの面下げて会えばいいか分からないんだよな。その気持ちはよく分かったよ。でもオレから は連絡しないと決めた。もし本当に平野がナイトdeライトのヴォーカルなんだったら、あいつの方から連絡来るはずだってね。
そしたらね、来たよ連絡が。神様聞いててくれたんだね。久しぶりの平野の声はチョット緊張してて、弱々しくてしんどそうだった。話をきいたよ。解散後の平野の話をね。
ススキノで働き始めた平野は朝と夜が逆転の生活だった。血を吐くまで働いたけど金はなくなる一方だった。そんな矢先に車 二台を巻き込む大事故を起こした。幸い死者は出なかったものの、平野には多額の負債ができた。他にも色んな話を聞いたよ。失恋の話、家族の話。解散してか らどうやらつらいことがいっぱいあったらしい。何回もオレに連絡しようとしたけどできなかったってさ。バカだね。オレが怒ってると思ったらしい。でもいよ いよ耐えられなくなって電話してきた。そりゃ嬉しかったよ。やっぱりヴォーカルは平野だったんだって思えたからね。でもナイトdeライトの話はしなかっ た。まだエノクとミチヤに言ってないからね。
08.ラブソング
それからさっそくエノクとミチヤに話したよ。平野がいいんじゃないかって。ミチヤは平野と昔遊んだことがあったけどね、エノクは平野のこと知らなかっ た。そんな二人の反応は微妙だったよ。理由はね、オレら三人は牧師の息子だからさ、ナイトdeライトをやるときに決めたことがあるんだ。それはね、自分の ために音楽をやるんじゃなくて神様のために、聞いてくれる全ての人のためにやろうって決めたの。どういうことかと言うとさ、今の世の中は本当に曲がった世 の中だ。子が親を殺して親が子を殺す。自分の人生の目的が分からないまま生きている人がいっぱいいる。「誰でもよかった」と言って道行く人を無差別に刺し 殺すような奴もいる。死んでしまえば苦しみから解放されると思って自ら命を絶つ奴が増え続けてる。ちょっと前までえらい騒がれていたような悪質で変質な事 件が今では当たり前のように日々起きている。部屋がうるさいって理由で自分の家族を殺す奴がいるんだよ。小学生が体を売ったり、中学生がシャブ打ったりし てる。こんなにね、曲がった世の中になったのはね、本当の愛をみんな知らないからだ。これはさむいキレイごとじゃない。今の世の中は愛の意味や価値がビッ クリするくらい低い。嫌われるのが怖かったり、好きになって欲しいからって簡単にエッチする。愛が金で手に入ると勘違いしてる奴もいる。愛がなくても生き ていけるって思ってる奴だっている。人間はね、誰かに愛されないと、誰かを愛さないと生きていけないんだよ。本当の愛を知ってたらね、本当に愛する人がい たら簡単には自殺しないよ。その人のために死ぬ気で生きると思う。本当に愛してくれる人がいると思えたら簡単には人を殺さないよ。愛してくれる人を悲しま せることはしたくないはずだから。家族の中にも愛がないんだよ。じゃあ本当の愛は誰が持ってるの?って感じでしょ。それはね、神様しかいないんだよ。こん なこと言ってるけどオレはおとぎ話をしてるんじゃない。頭がいかれてるわけでもない。オレはね、本当の愛を知ったんだ。命がけでオレのことを愛してくれた 人を。イエス・キリストっているでしょ。彼のことはね、昔から知ってたんだ。なんせ教会の息子だからね。十字架にかかって死んだことも、それが全ての人の ためであることも。聖書に書いてあるからね。知っていたよ。でも知らなかった。それが本当にオレのためだったってこと。オレはさ、本当にしょーもないこと をしてきたからさ、一生後悔して生きていくんだと思ってた。バンドで成功したって過去の失敗は消えないし、やり直せない。だから罪悪感に苛まれて生きてい くんだってね。オレは傷モンだよ。訳あり物件ってやつだ。過去の失敗を隠し続けて生きていかなきゃなんない。そう思ってた。オレの本当の姿を知ったら誰も 愛してくれないだろうって。本当は今までしてきたこと全部をオレが死んで償わなきゃいけなかった。だけどね、キリストはそんなオレのために命を捨てた。も うオレが過去の失敗に悩まされて生きていくことがないように。人生は何度だってやり直せるってことを命がけで教えてくれた。オレが良い人じゃなくても、キ リストは本気で愛してくれた。これが本当の愛だって知った。オレの新しい人生はそこから始まったんだ。これをね、音楽にしようって決めたんだ。本当の愛を 歌おうって。ただのラブソングじゃない。命がけのラブソングだ。エノクとミチヤも同じ気持ちだった。これに人生かけてやっていこうって。だから平野の話を 二人にしたとき、二人は微妙な反応をしたんだ。
09.Roots
ヴォーカルってさ、メッセージを伝えるでしょ。いくら楽器をかきならしたってメッセージは伝わらないんだよね。メッセー ジを伝えるヴォーカルがさ、メッセージを自分の中に持っていなかったら全然意味ないんだよ。ただ歌詞を歌うだけのヴォーカルじゃ意味ない。オレらが音楽通 して伝えたいメッセージはね、本当の愛なんだよ。だからそれを歌うヴォーカルが本当の愛を知らなきゃ意味ないの。自分自身でそれを体験してなきゃいけない の。頭じゃなくて心で知らなきゃ。だから二人は微妙な顔したんだよね。オレもそれを重々承知してた。オレだってちゃんとメッセージを伝えて欲しいからさ。 でもね、オレはそれを踏まえて大胆な賭けに出たよ。平野にとりあえず歌わせようって。平野がナイトdeライトの曲を歌っていく中で、絶対そこにあるメッ セージの意味を知りたくなるだろうし、知らないで歌うことに苦しさを感じてくると思ったんだ。オレが中学校の時に平野の歌声を初めて聞いたときのあの感覚 は、今思えば間違いなく平野がいつか本当の愛を歌うヴォーカルになることを予感させてたんだ。だからオレはエノクとミチヤを説得して平野をヴォーカルにし た。まぁ、ヴォーカルにしたといってもスタジオなんか入らないで四人でひたすら遊んだんだけどね。遊ぶって大事だよ。スタジオだけで顔合わせるような人間 関係で最高の音楽は作れないとオレは思ってる。特にバンドの場合は。だからスタジオ入って曲作る前にいっぱい遊んで人間関係を深めたんだ。大体どんな奴な のか分からないのに、一つのものを一緒に作り上げれないでしょ。だからオレはそこに時間を割いた。バンドメンバーの前に最高の仲間になる必要があった。
四人でスタジオに入ったのはその後だ。平野は曲が持つメッセージをつかめないまま歌い続けた。でもそれでいい。歌ってい く中でつかめばいい。そう思ってた。平野もやっぱり戸惑っていた。もっと知りたい。もっと握りたい。もっとこの曲を自分の気持ちとして歌いたい。そう思い 始めていた。
10.ナイトdeライト
その後ね、平野は本当の意味でナイトdeライトのヴォーカルになったよ。エノクとミチヤとオレと三人でさ、ナイトdeラ イトを始めたときに決めてたんだ。オレらが伝えるこのメッセージで、少なくても年内に誰か一人に本当の愛を知ってもらおう。宗教じゃなくて、カルトじゃな くて、事実を。自分はかけがえない存在なんだって。どんなに汚くても、失敗だらけの人生でも、誰にも見向きもされなくても、愛を貫いてくれる人、キリスト がいるってことを。
願いは叶ったよ。その年の終わりごろに本当の愛をオレらの歌を通して知った第一号は、他でもない平野だった。平野はこのメッセージを伝えることに 人生をかけようって決断したんだ。四人で同じ気持ちで音楽ができる。それぞれが色んなところを通ってここまで来たんだけど、無駄じゃなかったな。
ナイトdeライトは「暗闇に光を」っていう意味を持ってる。今の世の中は暗闇みたいだ。今日もどこかで自ら死を選び、あるいは誰かを殺す人がいる。日本だけじゃない。世界中が暗闇みたいだ。人の心も暗闇でいっぱいだ。そんな暗闇に希望の光を届けたい。それが願いなんだ。
だからオレらはそれをやっていくよ。ADDの天才エノクと、笑い上戸の努力魔ミチヤと、腐れ縁のバカ野郎の平野とね。
11.あとがき
音楽って不思議だなと思います。普段は言えない恥ずかしいことも音に乗せて歌えば堂々と伝えられる。ただの言葉では伝わ らないことも、音楽なら心に響く。逆に音楽にすることで伝わらなくなることもある。何を伝えたいか、どこを感じてほしいかがはっきりしていなければ、いく ら大声で叫んだとしても伝わらないのだと思います。だから僕はいつも歌詞を書くときは本当に苦労します。この言い回しは回りくどいかな。逆にストレートす ぎて引いてしまうかな。そうやって悪戦苦闘しながら書き上げたものをバンドメンバーで構成していく。一人ひとりのアイデアが加わって色んな形へと変わって いく。僕はこの作業が大好きです。そうして作り上げたものを発信していく。一曲にも様々なドラマがあります。
僕には何の力もありません。世の中を変える力もなければ、人の心を変える力だってありません。でも、できることをしたいのです。大好きな音楽が あって、大好きな仲間がいる。伝えたいメッセージがある。それを聞いてくれる人がいる。だから音楽を通してできることをしたい。聞いてくれる人の心に何か を残したい。いつもそう思っています。宗教活動はしたくありません。宗教ではないと思っています。
今の時代に、一生懸命な人って少ないと思います。僕らは一生懸命に音楽がしたい。少なくとも聞いてくれる人に「あいつらは一生懸命じゃない」とは思われたくないですね。一生懸命やりたいです。
ナイトdeライト 長沢 紘宣